寝てる間にネットにアップされてた Wired の記事をネタに。
まあアレだ。パッとした思いつきですので論理性を期待したら負け(笑)
戦闘と利他的行為
以前、「戦闘の面白さって?」あたりの話で SIMON 氏からいただいたコメントに、
でも、TRPGでやっている以上、もっと楽しいのはコンビネーションだと思うんですよね。出来れば阿吽で仲間の意図を察して、しからずんば仲間のお膳立てに乗っかって。
(snip)[Question] 戦闘の面白さって? – コメント欄より (ペテン師の戯言。)
と言うのがあったんですが。
こないだちょっと友人と話してたら、なんか人類って戦闘行動で利他的な性質を促進させたらしいぜという話を聞いて。なんかどっかで研究してる人がいるらしい。
利他的性質ってのは、「生物の本能」とか「種の保存の法則」とか「自然淘汰」とかから考えると妙な話で、能力だろうが運だろうが、とにかく「生き残ったもん勝ち」というのが生物の本能というか原型だって話なんですが。なんですが、生物がある程度の集団をなして、群体を種の生命とするような生活スタイル、要は「社会化」を身につけると、戦闘の際にも利他的行動が発生するようになる……らしいです。
確か元ネタはダーウィンで、でもまあ遺伝子的形質の差は利己主義と利他主義に差異を見出せるほどじゃなかったらしくて、これまでスルーされてたはずなんですが。
で、Wired News 眺めてたら、それらしい記事が出てた(笑)
なんか見つけた(何)、とする人がいたみたいですね。
- Altruism’s Bloody Roots (原文)
- 「利他的行動は戦闘で進化」:コンピューターモデルで分析 (日本語抄訳)
まだ仮定の学説みたいですが、これを True とするとき、「ゲーム内にピーキーな集団戦闘を盛り込む → 効率的にプレイヤーを利他的にする → プレイヤー間の仲間意識を強化する」ということにつながる、かもしれない。
いささか牽強付会っぽいけどアレだ、こうして考えると TRPG とか MWG が強い閉鎖性を持ってることとか、ジャンルとして細々と長生きしてるのにも、何がしかの理屈をつけることが出来そうな気がしたりしなかったり(笑)
D&Dは、そもそも「指輪物語」で描かれた異種族・異職能集合によるパーティーの関係性を、アメリカンが好きな役割分担とチームワークとして「Play」する遊びで、第4版は戦闘での連携をさせる役割分担とルールは、「アメフトみたいだ」といわれるほどです。
「役割を演じる」といいますが、「仲間と連携して役割を果たす」のがD&Dの楽しみだと思いますよ。(もちろん演じてもいいんですが。)
@あきらさん
コメントありがとうございます。お久しぶりです。
うん。まあ「役割を演じる」というか「キャラクターを演じる」ということをシステム的にルール化しているゲームって現在はマイノリティ(そういう意味では『GURPS』は当に鬼子)になっていて、CD&D赤箱を起点とした多くのゲームシステム、言い換えれば「戦闘ゲーム」としての傾向が強いゲームシステムは、そうした「役割を果たす」ことをコンセプトに設計されてるように思います。
あるいは TRPG って遊びからは逸脱した考えなのかもしれませんが、「役割を演じる」とか「キャラクターを演じる」といったことが法則性や数理モデルに反映されていないものについて、“そう遊ばなければいけない”義理なんて毛頭無いわけで(笑)
そういった意味では、何もD&Dに限った話では無いとも考えられるかなァ、と。
それを踏まえた上で、またちゃんと読み込んだりプレイしたわけではない、あくまで伝聞から(加えてあきらさん自身が以前書かれたはてなダイアリーでの紹介記事を読んで)の感想ですが、D&D4th が他のシステムより優れている点があるとすると、たぶんその「役割を果たす」という土台に帰って、プレイヤーに過剰な要求をしていないところじゃないかと思ってます。(今はどのシステムも肥大化が進んで、データの読み込みでリソースを食われるんで、それ以上にあれこれ言われても正直パンクする)
ニューカマー、ビギナーに対する姿勢としては、単純にMWGのように楽しめるゲームシステムを構築して、余計なことは考えずにボードゲームとして遊んでみよう。全てはそれからだ。……というのは、ひとつのアプローチとしてアリだと思いますし。
いっそMWG要素を前面に押し出して、D&Dのシステムで駆動する2人以上の対戦型ウォーゲーム・コンポーネントでも出したらいいのに、とか思ったり思わなかったり。
マップとミニチュアと使用データをまとめたパッケージとか、もう一度 MWG から RPG への流れを作ってみるとか。(友人が『マイトレーヤ -SWORD SYSTEM-』の作法で『D&D 3.5e』を遊んでたのを見て思ったんだけど)