[res] ルールブックの表紙の構図と機能
showco 2009.2.18 (水曜日)
当初予想されていたより数値が安定していたらしく、昨日の夕方にはICUから出て一般病棟に戻りました。
で、「表紙の構図と機能のエントリがすごいことに」とshowcoが早朝からプリントを持ってきてくれたので、薄暗い病室で拝読しました。
うぉ。なんかいっぱいコメントが(汗)
そして改めて本文を読んだらメチャクチャで、自分でも「これは無いわ」と思いました(滝汗)
お目汚しを、申し訳ありませんでしたm(_o_)m
「俺が敵か」は、ただのネタだったはずなんですが(笑)
なんでネタ解消しないまま妙な強調をかけてるんだ。
そこ重要じゃないだろ自分…orz
で、このまま復帰まで放置しておくのも申し訳がないと思ったので、返答を。
18日の午前6時ちょい過ぎくらいのプリントが元なので、それ以前にいただいているコメントへのレスになります。
レス
To : 水無月冬弥さん
すみません。自分で読み直しても乱暴だと思いました。
書こうと思ってたことまで話が進んでなくて、ネタ部分とかサッと流すはずだった部分がやたらと強調されとる。
何がしたかったんだ自分…orz
たしかにTRPGについて知っていて、それがTRPGのルールブックだと分かっていれば、表紙のキャラクターが表す情報についてもさほど問題なく読み取れると思います。特に異世界系のシステムだと、キャラクターの装備が舞台設定のアナウンスとして機能してますよね。(現代日本が舞台だと、設定によっては弱くなってしまいますが)
ですから、たとえキャラ絵だけであっても、大筋でゲームプレイの予告としても機能している、というのは同条件下で正しいと思います。
ただ、「TRPGについて知っている」という前提が無くなった場合は、読み取れる情報量が少ないので、もっと「わかりやすい」予告をしないと伝わらないんじゃないか? なんてことを考えてたんですね。
だったらちゃんと書けばいいものを、自分でも理解できない脱線の仕方をしてそのまま壁に激突して終わらせちゃって……って、ダメだ。言い訳にしかならない。
To : 匿名さん
どなたか分からないので仮に「匿名さん」ということで失礼します。(直後の名無しも同じ方ですよね?)
ご期待に沿えてないかもしれませんが、“同じ読み方をするなら”DnD4eのPHBも「敵は俺か」って話になるかと(笑)
臨戦態勢にも見えるけど、ただ格好つけてるだけにも見えるし、「彼らは何をしてるの?」って感想は、ARAもPHBも大差ないかと。背景の「岩場」や「兵士らしき人影」といった情報と組み合わせると、比較をするならARAより「ポーズとって格好つけてるだけ」説が弱くなるくらいの違いはあると思いますが。
SW2.0のルールブック三冊に同じ読み方を適用すると……ただキャラがこっち向いて立ってたり座ってたりとか、なんかそんな構図だったと思うんですが。別に敵対しているようにも見えないので「敵は俺か」にはならないかと思います。
単純に情報が少ないので、「誰?」とか「何これ?」とか、そんな感想しか出てこないかと。
……いや、一番の「何これ?」は元エントリの方ですね…orz
To : acceleratorさん
いやいや、元エントリの迷走っぷりの方がよっぽど酷いですし(笑)
……それにしても、なんであんなに「ツンデレ美少女」に拘ってるのか自分(^^;
おっしゃるとおり、何がしかの理屈があったらいいなァと思うんですが、なかなか思いつきません。
どういうガイドラインがあればいいんだろう?
親御さんたちに説明するときも、キャラ立ち絵だけと背景つきとでは、伝えられるアナウンスの量が違うとか、そういうサンプルを拾うことはできたんですけど、それどまりなんですよね。
To : アキトさん
これは参考資料でしょうか?
とりあえず検索してもらうことにしました。
情報提供ありがとうございます。
お疲れ様です。一般病棟に移られたようで、一安心ですね。
ちなみに一連の件、私は以下のように考えながら読んでいました。
まず、ルールブックの「伝達」に関わる評価を論じる際、以下の2点が問題になるかと思います。
■伝達にかかわる評価基準
A.「ルールブックのコンセプトが、その表紙絵で/どれだけ効果的に伝わるか」
B.「システムデザインのコンセプトが、そのルールの記述で/どれだけ効果的に伝わるか」
普通、BとCについてはよく語られますが、Aについてはあまりうまい語りがない。その点では、acceleratorさんもおっしゃっているように、もっと語っていいことだと思っています。
ただ、スラッシュ(/)の後半部分を変えて見ると、こういう見方もできると思います。
■コンセプトにかかわる評価基準
a.「ルールブックのコンセプトを伝える表紙絵/それ自体が、プレーヤー達のニーズ(美的感覚など)に即しているか」
b.「システムデザインのコンセプト/それ自体が、プレーヤー達のニーズ(遊びたいゲームの傾向など)に応えられるものなのか」
これを混同すると、おそらく話は進まないんじゃないかと思っています。ABが「伝達の巧みさ」であり、abが「コンセプトデザインの巧みさ」です。
たとえば、よくある話ですが、「国産のルールブックはキモい」という主張に対して「そんなことはない、そのゲームの内容をよく体現している、むしろ洋ゲーの表紙の方がバタくさくてキモい
」……こんな不毛な貶めあいが想定されます(笑)。
なぜこれが起きるのかといえば、これは互いに、「なぜその伝達方法が選び取られているのか」の前提となる「なぜあえて“その”コンセプトデザインなのか」についての美的評価が一致していないからです。
表紙絵の出来不出来を批判された時に「そういうコンセプトなんだからいいじゃん」という、開き直りとも取れる反駁が(国内・国外を問わず)どんなシステムについても可能なのは、結局のところa,bに対する話し合いが徹底していないからだと思われます。
「そもそもそのコンセプトってどうなのよ(巧く伝えるだけの価値があるものなのかい)?」ということが共有できてから出ないと、表紙絵の良し悪しを判断する基準は、なかなか出来ないのではないかなーと思います。
多摩豊さん、(昔の)朱鷺田祐介さん、馬場秀和さん、Vampire.Sさんなどの論者は、やはりその「ゲームコンセプト」に似たものを仮定して議論を進めていますね。コンセプトデザイン、再現度、ねらい、ポリシー……なんでもいいですが、そういうものです。
もちろん、ある特定のシステムについてa,bを受け入れている人は、そのシステムの伝達方法の良し悪し(A,B)を批判・否定される理由を飲み込みにくいと思いますので、ますますa,bの話が先に来ないといけないのではないかな、と思います。
表紙絵の「ねらい」の再現率を語るためには、「ねらい」そのものの出来不出来についての事前の了解がなければならない。そうでなければ、みんな思い思いに「a,b」の価値観を隠したまま「表紙の良し悪しを論じてはいけない」という結論に持っていってしまうと思います。
こんな感じです。
失礼、「BとC」とか書いてますが、その一文は途中で意味ないので、無視して読んでください。
参考資料というならやっぱりテヅカイズデッドなんじゃないかと思いますね。
僕はちらっと立ち読みしただけなんですが、こんな話がでてましたよ。ちょっと改造してあるので元とだいぶ話が変わってしまっているかもしれませんが…。
AさんとBさんの会話
A「綺麗な空だよね」
B「そうだねぇ」
このときBへの感情移入を促す表現をするなら1)空そのものを描く。
キャラクターが見せたいなら台詞を言っているAもしくはBの顔のアップ。
(ここから僕のオリジナル)二人の関係性が見せたいならAとB両方が映る”ひき”。
理屈的にはきっとこんな感じですよね。内容(台詞)が同じであってもどう見せたいのかで話が変わってしまってしまいますね。
ところで、表紙は内容を反映するべきって方向で話が進んでいますが、実は僕はそこからして疑問だったりしますね。