娯楽の核子や四行作文の話を書きつつ、ぽやぽや考えていた「選択肢の多寡と面白さの関係について」のメモ。
こいつはシリアスゲームの話を書きながら考えていた、というか念頭にあったコトです。
シリーズ終わるまで覚えてるかわからんので(笑)
長続きするゲーム
選択肢と分岐について
選択肢というのは「良いゲーム」の条件ではなく「長く遊べるゲーム」の条件でしょう。だから選択肢が多いことが「良いゲーム」に直接的に関係するわけじゃあないんですね。
ただ、長く遊んでいればそれだけ思い入れが発生しますから、それを「良いゲーム」と錯覚するのではないか? と考えます。
もっとも、長く遊べる構造を持っていても、長く楽しめる構造でなければ長く遊ぼうとは思わないわけで、そのスタンスに立つなら長く遊んだゲームはすなわち長く楽しめるゲームである、ということにはなります。[1]
ゲームを長続きさせる外的要素「コミュニティ」
『ラグナロクオンライン』のような MMORPG にせよ、『モンスターハンター』のような MORPG にせよ、長続きさせる【娯楽の核】はゲーム内よりゲーム外のプレイヤーズ・コミュニティに大きくなっています。[2][3]
これらのゲームソフトは、必ずしもゲーム自体の面白さだけが長く楽しませる要因になっているわけではありません。
もちろんソリティアとしての絶対評価と相対評価は大前提として必要ですが、それとは別に、コミュニティ生成と維持に必要な「話題の提供」という要素が不可欠になります。
この点については MMO、MO ともにゲームを“観る”感覚が強くなります。[4]
- [長く遊んだゲーム=長く楽しめるゲーム] = まあ、マゾプレイヤーの言は宛てにはならないが。昨今のヤリコミの多くが「長く遊べる」可能性を提示しつつ、ほとんど「長く楽しめる」構造を作れていないのも事実であるし。あれは『頭脳戦艦ガル』と同じミスを犯していると思うのだが……まあいいか。 [↩]
- [プレイヤーズ・コミュニティ] = これは伝聞なのだが、『モンスターハンター』の開発チームでは同ソフトを「コミュニケーションツールと考えていた」と聞く。それが本当ならモンハンは、コンセプトと実勢の幸福な結婚なのだろう。 [↩]
- [モンハンはコミュニケーションツール] = これが「PSP を TRPG の端末にできない?」という話の元になっている。 [↩]
- [ゲームを観る感覚] = この点についてニコニコ動画の「モンハンどうでしょう」シリーズは良いサンプルと考える。 [↩]
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