[Column] 〈対話〉から見た行為判定
玄兎 2008.9.24 (水曜日)
[Column] 〈対話〉から見た行為判定
前エントリ『十人十色のゲーム盤 ~ 「戦闘」と「物語」』について、別の視点からちょっと書いてみようかと考え中。
スッキリとは、まとまってないんですが(^^;
今回はその準備として、〈対話(Dialog)〉と「行為判定」のお話。
〈対話〉としての TRPG
僕は TRPG の行為判定を、〈対話〉を短縮したものだと考えています。
そもそも〈対話〉とは?
ここでは「異なる価値観を持ったもの同士が、お互いの意見を理解しあうための手段」と定義します。
この定義要素を TRPG に当てはめてみると、
- 異なる価値観を持ったもの ⇔ ゲームの参加者たち
- お互いの意見 ⇔ 希望するゲーム結果
- 理解しあうための手段 ⇔ 混ぜこぜに楽しむためのプレー
こんな感じになると考えてるわけです。
まあ、これだけだとかなり雑なんで、もうちょっと丁寧に説明していきましょう。
〈対話〉の分解
実際に〈対話〉を行うとき、特に言葉での〈対話〉がどのように行われるか、ちょっと考えてみます。
〈対話〉にも様々なアプローチがありますが、なるべく多くの人が理解しやすいように、原因と結果が分かりやすくつながっていることが求められます。
〈対話〉のツール
原因と結果を分かりやすくつなげる〈対話〉は、まず個々人が〈疑問〉、〈意見〉、〈理由〉の三つのファクターを備えたときに始まります。
対話の始まりは、個人がある事象に対して「何故だろう?」と〈疑問〉を持つことです。
で、次に〈疑問〉に対して自分の価値観に則して「○○だろうな」と〈意見〉を持ちます。
そして〈意見〉を他人に理解してもらいたいと思ったとき、それを他人に説明するため、自問自答によって「○○だから」と〈理由〉を導き出します。
〈対話〉のプロセス
それらツールを使って〈対話〉をするとき、〈提議〉、〈議論〉、〈結論〉の三つのプロセスで進められます。
まず誰かが〈疑問〉に基づいて「何でだと思う?」と〈提議〉を行います。
それに対して他の〈対話〉の参加者は、〈提議〉に対してそれぞれ〈意見〉を出していきます。各人は自分の〈意見〉についての〈理由〉を説明し、また他者の〈意見〉や〈理由〉に対して異なる〈意見〉を提示しながら、徐々に〈提議〉に関する価値観の違いを認識し、理解を深めていきます。
最後に、お互いの価値観から導かれた〈意見〉を理解し、〈結論〉を出すことで〈対話〉は終わります。
- ある〈提議〉に対して
- 各参加者が自らの価値観によって〈議論〉して
- 参加者がお互いの納得のいく〈結論〉を決める
さて、〈対話〉の基本知識はこれくらいにして、次は TRPG の基礎となっている「行為判定」についてです。
行為判定
多くの TRPG に標準装備されている行為判定ですが。
そもそも行為判定ってなんなのか、から。
行為判定とは
行為判定とは、ある〈課題〉に対して、キャラクターの〈能力〉などを元にして判定を行い、キャラクターが試みた行為の〈結果〉を決める一連の流れのことです。
多くの TRPG ではサイコロなどのランダマイザ[*1] の結果と、キャラクターの〈能力〉とを比較して決定されるもので、行為の目的について達成されるか否かは、最終的には運任せということになります。
- ある〈課題〉に対して
- キャラクターの〈能力〉などを元にして判定を行い
- キャラクターが試みた行為の〈結果〉を決める
では何故、TRPG には行為判定が必要になるのでしょうか?
なんで行為判定が必要なの?
よくある説明としては「TRPG はゴッコ遊びとは違うから、行動の〈結果〉を勝手に決めることはできない。みんなが自分の好き勝手に〈結果〉を決めていったら、まとまりがつかなくなって話が進められなくなるからね」ってな具合。
そう。みんなが好き勝手に〈結果〉を決めないように、行為判定は行われる。
行為判定には、そういった側面があります。
逆説的に、行為判定は「みんなが好き勝手に〈結果〉を決めないようにする」目的で、「みんなが納得する〈結果〉を決めるために」行われる。とも言うことができるでしょう。
行為判定は、合意を得るための説得材料と考えられます。
この「みんなが納得する〈結果〉」という部分、これは〈対話〉によって得られる〈結論〉と同じ性質のものになっています。
〈対話〉と行為判定を照合してみる
ちょっと先走ってしまいましたが、行為判定の他の要素についても〈対話〉と照合してみましょう。
前述のとおり、行為判定は、
- ある〈課題〉に対して
- キャラクターの〈能力〉などを元にして判定を行い
- キャラクターが試みた行為の〈結果〉を決める
といったプロセスを経ます。
そして〈対話〉は、
- ある〈提議〉に対して
- 各参加者が自らの価値観によって〈議論〉して
- 参加者がお互いの納得のいく〈結論〉を決める
となります。
勘のいい人はもうお気付きかと思いますが、行為判定と〈対話〉の[1]と[3]は、同質のものです。そして[2]が、ランダマイザによって運任せに決定される部分です。
〈対話〉では、十分に〈議論〉を深めることで〈結論〉を得ますが、TRPG のセッションでそんなことをイチイチやっていたのでは埒が明かない。
いかにして振り下ろした剣が怪物を切り裂いたか、いやいや怪物は間一髪でそれをかわした、なんてことを延々と〈議論〉したって〈結論〉なんか出やしません。そこでランダマイザによって、参加者みんなが認めざるを得ない結果を突き付けて、早々に〈結論〉を出す。
行為判定によって参加者の合意を得、結果をゲームに反映し、先に進めるわけです。
(もちろん「みんなが納得できる」なら、ランダマイザを使って決めなくてもいい)
繰り返しになりますが、行為判定は「参加者の合意」を得るための説得材料として機能する。
それが〈対話〉の側面から見た行為判定だと考えています。
- [ランダマイザ] = 乱数発生装置 [↩]
個人的に、今回のお話はしっくり来ました。
よく、TRPGはRPが大かGが大かと語られますが、自分はTRPGはRP>GでもRP<Gでもなく、
(失礼を承知で)T+RP+Gでもなく、T=RP=Gなのではないかと思ってましたので、このコラムは「スッキリ!」って感じです。
そうですよねぇ。合意が得られるなら判定をすっ飛ばして処理しますし、得られなければ「じゃあ○○で判定する?」って、
言われてみるといつもやってることですし…。
合意が得られている故に判定をすっ飛ばす行為に、(やらないとごっこ遊びになっちゃうんじゃないかなぁ、とか)時折後ろめたさを感じないでもなかったのですが、勝手に決めずに、みんなで合意している時点で、ただのごっこ遊びじゃあなかったんですよね。
てことは、逆に判定によって対話が生まれることもありですよね。
(例えばすごい達人がここぞでファンブル出したのは、未熟な若者の気概にうたれたんじゃない? とか。)
個人的にはスッキリ来るんですが、これって、例えば馬場さんの嫌ってらした、「みんなのノリが合致したから、テキトー(軍隊用語に非ず)に処理する」「死んだけど困るし、生きていたことにしよう」「そんなカッコイイヤツが負けるはずないから、勝ちでいいよ」に通じる気もするんですよ。そういう合意の得方は、あまり好ましくないようにも思います。
難癖ばっかりですんませんです…
こんばんは。B.Wです。最近すっかり入り浸ってしまって・・・すみません。さらに生意気言うようで恐縮なのですが、ちょっとだけ。
「〈対話〉の側面から見た」ということは、別の側面の話題も控えているのかなと思いつつ。
最近こちらでコメントするようになって、「自分はかなりゲーム志向だな」と自覚するようになりました。なので、その立場を取らせていただいて・・・。
「参加者の合意を得る」ためであれば、固定値でよいのではないでしょうか。「このキャラの器用度は10。ゴブリンの敏捷度が3だからどう考えたって当たるよね」 この場合、確かに”よほどのこと”がない限り攻撃が外れることはないと思います。そしてみんながそれを望んでいる。でもここで判定を行う(ランダマイザを使う)意味はこの「よほどのこと」を表現するためではないかと。
逆に「とっさに伸ばした手が彼女の手を捕まえる可能性は5%だ」という場合、「もしかしたら」を表現するため。
行為判定を行う、そしてそこにランダマイザを使う意味というのは、「参加者の意図しない状況」を生み出すため・・・って改めて書くほどのことじゃなかったですね(^^; ただ、「物語に揺らぎを作る」ための仕掛けだと思うので、「みんなが思ったとおりには行かない」っていうのが物語に意外性やドラマを生み出すんじゃないかと。ひとつひとつの判定結果の揺らぎがセッションの多様性を期待させるのかなぁと。「もしあのとき失敗していたら・・・」って振り返るのも楽しいですよね。
私自身、セッション中はたくさんダイスを振りたいんですよ(笑) 振るからには成功したいので、いろんなプラス材料を並べてGMに聞くと、「あ、じゃあ判定しなくていいや」・・・って、えーっ?!(^^; 「失敗するとシナリオが進まない」っていうのが理由のようですが、そこで失敗するのもゲームじゃないか!と思うのです。どんなに有利な材料を並べても失敗するときはする。そしたら次の手を考える・・・っていうのが楽しいタチなので。
最近はリプレイを読むときに、戦闘以外でどのくらい行為判定をしているかということに注意しながら読んでいます。ドラマ性の強いシナリオなんかは確かに読んでいて面白いけど、本当に盛り上がるときってやっぱり「ダイスを振ったとき」だと思うんですよね。
あー、セッションしたい(笑)
@SIMONさん
おお、よかった。しっくり来ましたか。
上手いこと話に一貫性を持たせるのに苦労して、何度も推敲しまくった甲斐がありました(^^
でもまだなんか穴がありそうな気もする。うーむ。
> てことは、逆に判定によって対話が生まれることもありですよね。
ありますよね。ダイス振ったら予想外すぎる結果が出て、ヘンテコなシチュエーションが生まれること。そういうイレギュラーから無理矢理次の展開を作り出していくのがまた面白かったりして(笑)
> これって、例えば馬場さんの嫌ってらした[略]
そうなんですよね。
ノリで全て解決しちゃったらゲームにならんわけで(^^;
思うに、その辺「ノリで解決できる部分とそうでない部分」の線を引くのがシナリオであったり、また「緩めるところは緩めて締めるところは締める」ってのを調節するのがゲームマスターの役目であったりするんだろうなと。
プレイヤーみんなが悪ノリし始めて、勝手に話を進めようとしたときに「ちょっと待てよ」と言えるのがゲームマスター。ザ・憎まれ役(笑)
あと、熱くなってくると忘れがちなんだけど、セッションの大前提として「ルールは○○(システム名)に準拠する」って参加者の合意がありますから、ルールやシナリオで判定するよう書かれている場面では「んじゃ、ダイス振って」ってのが標準。
まあ振っても振らなくても展開上、大して違いは無いだろうってときにだけ「ああ、いいよ振らなくて」にするべきかな、とか思ってます。
@B.Wさん
おお、レス書いてる間に新しいレスが(笑)
ようこそようこそ。
> 行為判定を行う、そしてそこにランダマイザを使う意味というのは、
> 「参加者の意図しない状況」を生み出すため・・・って改めて書く
> ほどのことじゃなかったですね(^^; ただ、「物語に揺らぎを作る」
> ための仕掛けだと思うので、「みんなが思ったとおりには行かない」
> っていうのが物語に意外性やドラマを生み出すんじゃないかと。
もちろん、そういう意図も大きく有ると思います。
ゲームマスターとしてプレイヤーに行為判定を要求するときは、内心「そうそう思いどおりになると思うなよ?」とか思ってたりしますし(笑)
そんなゲームマスターの思惑をねじ伏せ、そのままじゃ思いどおりにならないところを思いどおりにするべく、プレイヤーが持てる力を駆使して成功させたとき、「そこまで頑張られたんじゃ仕方がねぇ」と自分を納得させられるわけで。
……と、まあ悪党の本音はさておいて(笑)
行為判定による「参加者の合意」は、参加者の思いもよらない結果になったときに一番効力を発揮すると思うんですよ。
つまり「意図しない結果になったことを納得してもらう」って形で。
最近は判定にランダマイザを使わないで、手札を切る等の方法でプレイヤー側から判定結果を決められるものもありますが、あれの場合は「プレイヤーが判定結果を思いどおりにすることを、他の参加者に合意してもらう」って機能なのかな、とか。
オークションの競り合いに近いかもしれません。
「そこまで身銭を切られたんじゃあ仕方が無い。俺の負けだ」とか。
> 私自身、セッション中はたくさんダイスを振りたいんですよ(笑)
> 「失敗するとシナリオが進まない」っていうのが理由のようですが、
> そこで失敗するのもゲームじゃないか!と思うのです。
僕自身のスタンスを書かせてもらうと、まったく同感です。
僕もダイス振りまくってドキドキしたい(笑)
想定外の結果を出されて、プレイヤーと一緒に先の見えないゲームを楽しみたい(笑)
ただまあその辺は、ゲームマスターの方針次第ってことになるんですよね。
この辺はまた別の話になっちゃうんですが。
> 最近はリプレイを読むときに、戦闘以外でどのくらい行為判定を
> しているかということに注意しながら読んでいます。
おお、それは面白い視点。
確かにドラマティックな読物としてのリプレイが増えたことで、一般行為判定はリプレイ中にあんまり書かれてないような気も……なるほど。